

『脅迫』(全話)
★ ★ ★
「おい、これだろ?」
男が懐から財布をとりだした。俺のものとそっくりだった。
「あ、それだ、きっと。拾ってくれてたのか」
すぐに返してもらおうと近寄った。すると男が後退った。
「待てよ、拾ってやったんだぜ」
「え、ああ、そうか、礼ならする。定期もカードも車の鍵も入っているんだ。助かったよ。いくら払えばいいかな。五千円くらい、お礼させてくれれば、」
「金はいらねえよ」
「ああ、そうか、悪かったな、今みたいな言い方、失礼だったな」
「そうじゃねえよ。他のものが欲しいんだ」
「他のもの?」
「ズボン下ろせ」
聞き間違えたのかと思った。
「……え?」
「ち○ぽ見せろよ、それだけでいい」
「な、なにを言ってるんだ、冗談だろ?」
「この財布、欲しくないのかよ? そこの穴に捨てたっていいんだぜ」
粗野な顔をニヤニヤ笑わせていた。俺は愕然とした。この男、本気だ。頭がおかしいのか?
「はやく返してくれ」
「だったら見せろって」
「見せたら返してくれるのか?」
男はゆっくりとうなずいた。ばかばかしい、とは思った。本気を出せばこんな男、ひねりあげるくらい造作ないだろう。しかし頭がおかしいとなると話は違ってくる。下手なことはできない。もし取り逃がしてさちえの方に行ったら……。
俺は後ろを振り返った。ほんの十メートル先では大勢の人々が水遊びを楽しんでいた。塩素の匂いと、人々の騒めきがすぐそこにある。だが、誰もこちらを見ていなかった。奥まっているし、用のない場所なのだ。屋根があるから薄暗くもあった。気づいてもらいたい、とも思ったが、逆に考えれば、この男の言うことをきいてやっても、誰に見られるわけでもないのだ。この場をやりすごすためには……。
「わかった。見せればいいんだな?」
俺はベルトをゆるめ、ズボンを下ろした。トランクスもずり下げた。顔が熱かった。
「もっと下げろよ、よく見えない。へえ、けっこうでかいんだな」
ニタニタと笑っていた。こんなことをして何が面白いのか。
「もういいだろう? 返してくれ、約束だ」
「勃たせろ」
「あ?」
「自分でしごいて、おっ勃てろよ」★ ★ ★
はやくに妻に死なれ、男やもめで娘を育てている三十代半ばの刑事、岡田。
たまたまプールの更衣室に財布を置き忘れたことがきっかけで、得体の知れない三十男に脅され、関係を強要されてしまう……。小玉オサム作品の中でもっともシリアス、もっとも重厚な雰囲気に満ちた物語かと思います。重たい内容でありながら、これ以上なく隠微なゲイ官能小説でもあります。
初出『ジーメン』。三回連載だったものをまとめてあります。
『護衛官』
大学卒業後もフリーター生活を続けている根無し草のような青年と、政治家の護衛官だという「おっちゃん」。出会った場所は場末のポルノ映画館で、二人の関係にはなんの約束事もない。お互いのことはなにも知らないまま、それでも二人は惹かれあい……。
ハートウォーミングなゲイ官能小説。
初出『ジーメン』。