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どうして遠出するのに交通費を出し渋ったのだろう。どうして肌寒い秋口に半袖を着てきたのだろう。どうして乗車前にトイレに行かなかったのだろう。頭の中に無数に後悔が駆け巡るがもう遅い。僕は明け方の夜行バスに揺られながら、顔面蒼白で浅い呼吸を繰り返していた。
(トイレ、……っ!)
トイレに行きたい。それも、ものすごく。
間もなくゼミでの研究発表が迫っている今日この頃。最も関心を寄せる研究分野で大規模な学会が開かれると知り、僕は弾丸で夜行バスを予約して地方まではるばる飛んで行った。
急な計画だったため纏まった金は用意できず、新幹線や飛行機といった楽な交通手段を取ることは難しかった。であれば夜行バスしか道はない。しかも直前だったことから、やっと予約できた夜行バスも4列シートのぎゅうぎゅう詰め。その中でも位置は後方、ついでに窓側の狭い席。大学生の財力ではこれが限界だ。それでも絶対に聴講したいほどには、この貴重な機会を逃すわけにはいかなかった。
結論、講演自体は非常に勉強になる内容で、無理をして足を運んででも大変有意義な時間を過ごすことができた。この内容を研究発表やレポートで言及しつつ、自分なりの仮定を設定して調査を続ければ、今年もAAの成績を取れることは間違いない。来年の院試に向けて、教授からも好感を得られるかもしれない。
沢山の資料と学びのお土産と共に、ほくほくしながら帰りのバスに乗ったのは今から5時間前の話である。
(バスに乗る前にトイレ行ったのに、どうして……!)
だから当然のごとく問題ないと思っていた。だって普通は寝ている最中に尿意は感じないではないか。夜寝る前に排泄して、朝起きたら夜中に溜まったものを排泄する。何も疑うことのないルーティーンを信じていた僕は、乗車早々ぐっすりと眠りにつき、もちろんサービスエリアでの休憩でもトイレには行かなかった。
……それらの行動全てが仇となり、今になって怒涛の如く僕を苦しめている、というのである。
(あと何時間だ……)
到着予定時刻は8時。今は、……5時半。最後の休憩地点は僕がすやすやと寝ている間に過ぎたので、ここからは目的地までノンストップだ。
信じられない。もうはち切れそうなくらいおしっこは限界まで溜まっている。その状態から2時間半も我慢なんて。そういえばバスが発車した頃、「体調不良やお手洗いなど緊急の場合は添乗員までお申し付けください」などとアナウンスが流れていた気もする。そうだ、要するにこれが緊急の場合というやつだ。でも……。
(そ、そんなの恥ずかしくて言えるわけがないだろ、第一こんなに揺れている中で歩けるわけ……!)
(我慢するしか、うううぅ……!)バスの細かな振動を帳消しにするように腰を揺すって尿意を誤魔化す。もぞ、もぞ、と尻を座面に押し付けて下半身をわずかな範囲で動かすが、全然足りない。おしっこの圧は瞬く間に脅威を増し、今にも溢れ返りそうなほど体内で暴れ狂っている。
(あと2時間なんて余裕だ……!そうだ、少し眠っていればあっという間だ)
(大丈夫だ、こんなのすぐ……、うわっ!!)がたり、車体が大きく弾みをつける。何か障害物にでも乗り上げたのだろうか。同時に膀胱の中身が激しく波を立てた。
「っ、はあぁ……ッ!」
刺激された水風船は収縮を始め、猛烈な欲求が大波のごとく沸き上がる。リクライニングでお腹が伸びるのが辛く、背もたれを元に戻して体勢を直角に立て直したが、膀胱が縦になったことで逆におしっこが落ちてくる感覚に見舞われる。下腹がきゅうう、と切なく疼き、わずかに前傾姿勢になってしまった。
腰を揺らすだけに飽き足らず、膝までさすさすと擦り合わせてしまう。その拍子、ぎし、と大きく椅子が軋む。思わず一瞬、どきりと肝が冷えた。
横目で通路側の席をちらりと確認すると、隣の男性は未だ眉間に皺を寄せて目を瞑っていた。どうやら起きてはいない、らしい。けれど、分厚いカーテンの隙間から透けて見える青白い空。時間的にそろそろ起き始めてもおかしくない。
せめて、我慢していることを悟られないようにしなければ。僕は極めて静かに、内腿をもじもじと擦り合わせた。くい、くい、と小さく尻を揺らし、最低限の労力で欲求の暴走を誤魔化す。太腿を手のひらでさすってみると幾らか気分が落ち着くような気がして、ふう、と小さく息を吐いた。
大丈夫だ、これでしばらくは我慢できる。何も考えず、2時間やり過ごせば。
(あと、2時間……)
気が遠くなりそうな時間。バスは電車と違い、どこの地点を走っているかなんて地元でない限りわかるはずもない。とにかく到着予定時刻を信じて待ち続けるしか、今の僕にできることはなかった。
*
(も、もう無理だ、出てしまう!!!!)
僕は股間をぎゅうぎゅうと握り締め、背中を丸めて俯いていた。
むずむずと強烈に疼く先端は決壊寸前、いつ大洪水が起きてもおかしくない。隣に迷惑が掛からないよう静かに我慢するつもりだったが、こんな暴力的な欲求を目前にして、そんな悠長なことを言っていられなかった。
到着予定時刻まではあと30分。いやむしろ、ここまで耐えたことの方が奇跡だろう。限界をとうに越えた膀胱は、おしっこの荒波に逆撫でされて必死に警告を出している。(まってくれ、また波が、あっ、あ、あ、……〜〜〜〜〜〜っ!!!!)
幾度目かの尿意の大波。背骨を弓なりにしならせて、天を仰ぎ、膝から下をバタつかせる。放り出された足が目の前の背もたれに当たり、はっとしてバタつきを抑えて小さな足踏みに切り替える。
(おしっこ、も、もう、……!)
つん、と先端が熱くなった、直後。
じわぁ…………
「ん゛ん……っ!」
嫌な温もりが先端を包み込み、下着がぴたりと張り付く。まさか、これは。
(嘘だ、まって、ちょっと出た……!?)
恐る恐るスウェットの中に手を突っ込んで性器の先端を直接撫でると、するりと滑りの良い感触がする。触れた指をそのまま鼻に近付けると、あきらかに“それ”の香りが鼻腔を刺す。不味い、と思った時には畳み掛けるように全身に悪寒が走っていて。
(で、出るっ!!!!)
じわぁ、じゅいぃ…………
「~~~~~~~~~ッッ!!」
立て続けの漏出。縮こまった性器がびくびくと脈打つ。先端をみっちり握り潰して耐えるが、指の下でおしっこがぷしゅっ、ぷしゅっと爆ぜてしまう。なんとか力づくで放出は停止したものの、後ろにたっぷりと控えているのは熟成されたおしっこ。水圧に括約筋が負けるのも時間の問題だということは、わかりきっていた。
(だ、出したいぃ……っ!無理やり止めるの辛い、出したいっっ!!!)
(頼む早く着いてくれ、もう無理だ、おしっこ我慢できないっ、はやくここから出して!!!!!)
(まずいまずいまずいもうきてるっ、おしっこきてる漏れる!!!!!)じゅいぃ、じゅううぅ、しぃぃ…………
「は、っ、はぁっ、は、ぁッ」
(と、とまんな、でちゃう、ぜんぶでちゃう)
この緩みが一過性のものではないことなんて明白だった。波が引かない。引かないどころか、もう放尿を開始する体勢に入っている。それだけは絶対に駄目だ、こんなところでおもらしなんかしたら、……!
その時。僕は視界の端でわずかな違和感を覚えた。
(な、なんだ……)
もぞり。隣で揺れる影。何だ。反射的に、そちらを見やる。
僕が視線を向けた方向で。……薄目の開いた視線と、かち合った。
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